鎌倉七切通しのひとつ延応2年(1240年)、三代執権・北条泰時が整備、国指定史跡
八幡宮西から円応寺へ抜ける道で防衛と人の通行、物資の輸送の便を図る為に切通しを造った。
新田義貞の鎌倉攻めの時は激戦地となりました。
12基の庚申塔や道祖神が道端に並んでおり、江戸時代の末期に改修工事が行われた時事故で命を落とした人を供養する道造供養塔もある。
現在は切通の峠付近が個人宅のため雪ノ下側からしか行けず通り抜けはできません。
★鎌倉七口切通しとは・・・
朝比奈切通し
名越切通し
仮粧坂切通し
極楽寺坂切通し
亀ヶ谷坂切通し
巨福呂坂切通し
大仏坂切通し
★鎌倉その他の切通し
釈迦堂口切通し
高野の切通し
谷戸坂切通し
※駐車場はありませんが、八幡宮近隣駐車場利用が便利。
情報提供:
http://homepage2.nifty.com/kamakurasi/ 鎌倉★情報館
巨福呂坂切通しの関連写真
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